坂道雑文帳

乃木坂とか欅坂とかけやき坂とか。 / dont@forgetme.xyz

欅共和国2017の円盤が最高だったけど

 多少なりとも今更感のある記事だが、欅共和国2017のBlu-ray、本当に良かった。
 でも、両日現地で参加した筆者にとっては、映像に残らなかったところにも覚えておきたいことがたくさんある。メモ書き代わりに、思いつくままに書きつけてみたい。

・「欅共和国」って何だよ、って雰囲気が当初はけっこうあった

 織田奈那と志田愛佳SHOWROOMでネーミングが発表されたときに、彼女らともども我々も「マジかよなんだそれ」みたいな雰囲気がけっこうあった。今にして思えばメンバーも振り入れなどを始める前だったようだし、あそこまで世界観を作り込むとは誰も知らなかったわけである。コンセプトの設定に平手友梨奈が大きくかかわっていたということもどこまでメンバーに浸透していたのだろうか。誰もが「どうなるんだろう」と思いながらの「初野外ワンマン」だったということを記憶している。

・チケットはめちゃくちゃ取れた

 信じられないほどチケットは取りやすかった。少なくともマネパカード先行であればおそらく全員当選のレベルだったのではないかと思われる。両日ともに当日券も出た。ちなみに最初の先行抽選の際には全国ツアーの開催は明かされていなかったし、そこと需要が食い合ったわけでもない。マネパカード先行は「1st ANNIVERSARY LIVE」の際も行われていたが、もう少し落選は出ていたのではないかと思う。当時は有明コロシアムでの初ワンマンライブで一般のステージサイド/モニター観覧席まで粘った記憶が強かったので、拍子抜けするほどであった。
 ただ、富士急近辺の宿はとれなかった。SHOWROOMの放送がまだ終わっていないうちに初日夜の宿をとろうとトライしたがドミトリーしかとれず、欅ファンばかりの6人部屋でおっさんのいびきを聞きながら寝たのをよく覚えている。

・「アルバムの発売を記念する」位置づけだった

 そもそもは「1stアルバム発売を記念した初野外ワンマン」という位置づけだった。結局すぐに初のアリーナツアーが発表されてよくわからないことになったが、そう謳われていたはずである(開催発表のSHOWROOM)。当日はアルバム発売から数日と間もなかったが、それなり以上にはアルバム曲もやるのではないかという予測が、少なくとも個人的にはあった。結局は2日目のダブルアンコールで「危なっかしい計画」が披露されたわけだが、初日を終えた後は「せめて『月曜日の朝、スカートを切られた』くらいはやれなかったのか」と思っていた覚えがある(「月スカ」はすでに、音楽番組で披露されていた)。
 そんなわけで、個人的には初日は席が悪かったこともあり、「アルバム曲が来ない!」という思いばかりを抱えてライブを見届けていた覚えがある(アンコールの「誰のことを一番 愛してる?」は死ぬほどテンションが上がったが)。2日目にしてようやく「そういうライブなのだ」と理解して楽しむことができるようになり、花道近くの席で渡邉理佐からの放水を直に受けるなどの幸運にも恵まれ、評価がガラッと変わったライブだったように思う。

・ダブアンはまあまあの人数が帰っていた

 欅共和国2017の2日目は、欅坂46にとって初のダブルアンコールだった。そのこともあってか、アンコール3曲目の「W-KEYAKIZAKAの詩」の途中で帰ってしまった人がまあまあいたと記憶する。まあ日曜夜の富士急ハイランドならば仕方のないことだとも思う。1本でも早い富士急行線に乗れれば帰宅時間が段違いだろうし、混み具合も天と地ほどの差であろう。出口も限られ、退場にもかなりの時間がかかっていたはずだ。  筆者はというと、初日の感じを見て富士急行線で帰宅するのを諦め、当日申し込みの高速バスを予約していた。新宿行きは売り切れてしまっており、背に腹はかえられまいと立川行きを買ったことをよく覚えている。特典のステッカーも貰えたし、安心して最後まで楽しめたし、両隣の席が空いたので「危なっかしい計画」で信じられないほど飛び跳ねまくったこともあって、とても良い選択だったように思う。

・米谷、今泉の不参加発表は当日だった

 これは割と参加したファンが怒っていたポイントだったように思う。「1st ANNIVERSARY LIVE」以来の大きなライブということで今泉佑唯がなんらかの形で復帰してくれることを願っていたファンも多かったと思うし、米谷奈々未が不参加となることは誰も予想できなかったのではないだろうか。円盤の特典映像を見るに、当然ふたりは欠席するものとして準備がされていたことがわかるし、特に米谷推しにとってはもう少し早めに知っておきたかった情報だったのではないかと思う。筆者がふたりの不参加の発表を目にしたのは初日に宿にチェックインしてからで、こんなタイミングってあるかよ、と率直に思った覚えがある。このふたりは現在卒業を発表してそのタイミングを控えており、このままいくとこのふたりの参加したライブが映像作品化されないことになることは、とても残念でならない(「2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」の映像化に期待するしかないが、望み薄ではないか)。

平手友梨奈は絶好調だった

 改めて述べる必要もなく話題になっているのかもしれないが、平手友梨奈が最初で最後と言っていいほどの絶好調ぶりを見せていた。そもそも平手は、「デビューカウントダウンライブ」後にテレビカメラに語っていたように、「最高のパフォーマンスをしたい」「(パフォーマンスに)納得していれば自然に涙は出ている」という考え方の持ち主で、有明での初ワンマンライブや「1st ANNIVERSARY LIVE」のアンコールの際にはどこか暗い表情でうつむいていた(筆者はこれを「反省会モード」と呼んでいた、有明でのラストは涙していたが)。「二人セゾン」期にキャプテン制を敷かれて以降、ミニライブも含めて平手がMCで声を発することもなくなっていたが(「苦手なので他のメンバーに任せている」と「しゃべくり007」で話していたのは記憶に新しい)、欅共和国2017のアンコールでは今では信じられないほど喋っていた(次にMCで口を開いたのは欅共和国2018の最終日である)。ライブを終えたあとに「みんな大好きだよ」と言って泣いたというエピソードは有名だが、たぶんこの欅共和国2017は平手にとって少なくとも指折りの、自分を出し切れたパフォーマンスだったのだと思う。

 ■

 とりあえずはこんなところだ。そのうち少しまた書き足すかもしれない。

北野日奈子の姿に「希望」を見て

 とても個人的な話をしたい。
 少しの紆余曲折を経て北野日奈子のことを推している、筆者自身の身の上と心中の話である。
 もしかしたら、読んで不快になってしまう人もいるかもしれないとも思う。誰に向けて書きたい文章なのかも、いつも以上にわからない。でも書かずにはいられなかった。
 なんの嘘偽りも誇張もなく、いまの僕は北野日奈子に支えられて生きているのだ。そのことをいま、書きたい。

・なぜ僕は北野推しになったか

 北野日奈子のことは、乃木坂46を追いかけ始めた頃から結構好きだった。どちらかというと僕は、「きれいなお姉さん集団」としての乃木坂46の中心メンバーというよりは、そのイメージから少し外れるメンバーを好きになる傾向がある。推しメンとしては川村真洋を掲げていたが(→「ろってぃーのこと」)、僕にとって初めての乃木坂46のライブだった「Merry Xmas Show 2016~選抜単独公演~」のときに、当時の選抜メンバー19人のうちの誰かの推しタオルを買おうとして、選んだのが北野日奈子だった。
 テレビ番組のなかで、フライパンを曲げたり、漫画雑誌を破いたりしている元気印の「きいちゃん」が、単純にかわいくて好きだった。その頃は、それ以上でも以下でもなかった。あるいは以前にも書いた(→「アンダーライブ全国ツアー 九州シリーズによせて(1)」)ように、14thシングル期から少しずつ乃木坂46を知っていった僕にとって、北野日奈子はしばらくずっと選抜メンバーだった。何のけれんみもなく、彼女のことを目で追っていたにすぎなかった。

・「アンダー」と九州シリーズ

 転機となったのは、2017年夏だろう。このブログを始めるきっかけともなった前稿「アンダーライブ全国ツアー 九州シリーズによせて」で書き続けてきたように、「アンダー」でのアンダーセンター選出、ライブでの異変と体調不良での欠席、やっと上がった九州シリーズのステージ、東京ドーム公演と休養入り、と、北野にとって厳しい時間が続いた。北野日奈子中元日芽香のことを、特別な思いで追うようになったのがこの頃である。
 好きだから追いかけているのか、心配だから追いかけているのか、正直なところわからなかった。そんな時間のなかで、中元と川村が卒業して、宙ぶらりんになった僕は、北野のことを思うしかなかった。そしてサプライズで登場した乃木坂46時間TV、ステージに復帰した生駒里奈卒業コンサート。3期でいえば向井葉月のことを応援してもいるが、ひとりまた推しメンを決めるならば、北野日奈子しかない、と思うようになった。

・自らが体調を崩して

 ここからきわめて個人的な話になる。そう思うようになって間もない2018年5月、僕は「体調不良」に陥った。ずっと前から予兆はあったし、自らの生活に鑑みても、いつかそうなってもおかしくないと思っていた部分もあった。その危惧はふとしたきっかけで現実のものとなってしまった。
 こんなことを書いてはいけないと思うし、考えてもいけないと思うが、僕の「体調不良」は、北野日奈子の「体調不良」と重なるものなのではないかと思っている。だめだとわかっていても、そう考えることをやめることができない。偶像としての「アイドル」に、自らの身の上を投影してしまっているだけなのかもしれない。それはどこまでも迷惑で失礼なことかもしれない。でも、ひとたび生まれた考えを拭い去ることができないのだ。
 「体調不良」に陥った僕は、1ヶ月間の通院期間を経ても改善がみられず、3ヶ月にわたって仕事を休むことになった。3ヶ月で戻ることができたら、きいちゃんよりは少しだけ短いのかな、なんて考えている自分もいた。

・復職をした僕と、走り始めたきいちゃん

 3ヶ月を経てどうにか復職をして、3週間が経過した。完全によくなった、これでいける、と思うところまで体調をもっていっての復職だったが、思ったよりもダメだった。仕事をいくらか軽くしてもらっていることもあって、休職前と今とどちらが体調がいいかさえ、正直よくわからなくなってしまっている。とはいえあれ以上休んだところであれ以上の回復はなかったと思うから、きっと一度体調を崩して失われてしまったものは、もう戻ってこないのではないか。そんなふうに不安になる気持ちも強い。
 しかし、北野日奈子は少しずつ前進を続けている。神宮でのバースデーライブで完全な形でライブに復帰してセンターにも立ち、21stシングルでは歌唱メンバーにも復帰。真夏の全国ツアーも完走して、「乃木のの」や「乃木坂工事中」にも復帰、握手会にも参加するなど、確実な回復を見せている。それが僕にとって、ひとつの希望となっている。
 先日、10月1日付けのブログには、こんなことを書いていた。

全国ツアーを全公演無事に完走して
少しだけかもしれないけど
ちょっとずつできている自分を確認できた夏でした!

苦手なことが増えたけど
上手なことも増えて
22歳の私は引いたり足したり
そんな感じでできています!

 結局のところ、できることをひとつひとつ増やしながら回復していくしかないし、生きていくしかないのだ。
 しかしそれは、そうやって「生きていくことができる」ということでもある。

 僕はアイドルについては、おおむね楽しみつつ「応援してきた」つもりだった。趣味のひとつの範囲をこえて、こんなに支えられ、何かを教えられることがあるとは思わなかった。

・そしてこれから

 先日行われたアンダーライブ全国ツアー北海道シリーズの千秋楽では、12月に東京で22ndアンダーメンバーによるアンダーライブが行われること、そしてそのセンターを北野日奈子が務めるということが発表された。選抜入りはかなわなかったものの、とても大きなグッドニュースである。
 ブログからうかがい知ることもできるように、体調面の不安もまだありはするのだろう。でも、不安はいつまでも不安として残り、それを打ち消すためには、日々のひとつひとつを重ねていくことしかないのだろう。体調不良に明確なはじまりがなかったように、回復にも明確な区切りはないのだと思う。
 これからも引き続き、北野日奈子の活躍を見守っていきたい。北野日奈子を希望の光として、いつまでもそのあとに続いていける自分でありたい。彼女のように、たとえそれが険しい道でも、一歩一歩前に進んでいきたい。

 大げさかもしれないが、これが今日の僕の本心だ。

坂道「センター」論考

 少し時間が経ってしまったが、以前Twitter経由で質問箱から、このブログのお題として、「漢字とひらがなにとってのセンターが持つ意味合いの違い」「ひらがなのセンターの変遷」という2点をいただいた。本稿ではこの2点について、乃木坂46の事例も交えながら考えていきたい。

・「センター」のもつ三つの役割

 一般に「センター」というポジションには、大きく分けて三つの役割がありうると考えている。
 1点目は、「グループの顔として前面に立つ」ことである。
 センターポジションを得たメンバーは、パフォーマンスの際に「ゼロ番」に立つのはもちろん、歌番組などの出演の際にはコメントを求められ、雑誌などでもインタビューが組まれやすい。必然的にグループの顔となり、認知度も高まっていくことになる。
 2点目は、「『誰がセンターに立つか』というストーリーを背負う」ことである。
 上述の1点目が外向きの役割であれば、こちらは内向きの役割であるともいえる。センターになるということは、形はさまざまあれ「選ばれる」ことである。グループアイドルの活動が必然的にはらむストーリー性の中心ともなることが、役割の一つにもなってくる。
 3点目は、「センター曲のイメージを形成する」ことである。
 こちらはパフォーマンスに関してもつ役割である。センターはグループ内での役職ではなく、特定のシングルまたは曲に対応して選ばれるポジションである。個々の曲はグループのカラーを反映し、同時にそれを形作るが、それはセンターメンバー個人に対しても同じことがいえる。

 そしてこの三つの役割は、つねに均質に存在しているのではない。これらがどのようなバランスで担われているかによって、グループの特色や、センターメンバー個人の特性が表れてくるのである。

乃木坂46における事例

 この三つの役割に関して、そのバランスがさまざまであることを説明するために、いくつか例を挙げてみたい。
 乃木坂46草創期の生駒里奈は、1点目の役割の強いセンターであった。「AKB48の公式ライバル」と銘打たれ、メディア露出がパフォーマンスに先行する部分もあるなかで、常に先頭に立ち「乃木坂の顔」を務めてきた。一方で、グループとしてセンターの交代を一度も経験していないなかで、当時は2点目の役割は薄かったともいえる。ある意味で乃木坂46生駒里奈と一体化しながら坂を上り始めていたのである。
 ただ、「誰がセンターに立つか」というストーリーを強調しようという試みもあった。いまとなっては悪趣味すぎるようにも思える選抜発表の数々である。AKBグループが選抜総選挙などの舞台装置を数多くもっていたなかで、乃木坂46の選抜発表が過剰に強調されていた面があったようにも思う。
 また、生駒里奈はデビューから5枚連続のシングルでセンターを務める中で、3点目の役割も徐々に強めていった。わかりやすい例が彼女の代名詞である「制服のマネキン」である。シングルの枚数を重ね、グループの色が確立していくにしたがって、センターの個性も発揮しやすくなるといえるかもしれない。

 その後の時期の乃木坂46においては、頻繁にセンターの交代がなされ、2点目の役割も少しずつ強まっていく。特に研究生から突如としてセンターに指名された堀未央奈は、ストーリー性の強いセンターメンバーの筆頭である。また、比較的近年には深川麻衣橋本奈々未の「卒業センター」や、3期生として初選抜で抜擢された大園桃子与田祐希などもおり、センターメンバーの指名は完全にグループとしてのストーリーの中心に据えられるようにもなっている。
 このような経緯を経て、現在の乃木坂46は、前述の三つの役割をそれぞれバランスよく担うセンターを備えたグループとなってきたといえるように思う。というより、そもそもこの「三つの役割」というのも、乃木坂46の歴史をみながら構想したものだ。

漢字欅ひらがなけやき

 さて、本題である漢字欅ひらがなけやきのセンターについて、この「三つの役割」から分析していきたい。乃木坂46も含め、グループの特徴がそれぞれよく現れるのではないだろうか。

 漢字欅のセンターは(つまりは平手友梨奈ということになるが)、3点目の役割が最初から強いことに特徴がある。「サイレントマジョリティー」での鮮烈なデビューは、平手友梨奈のあの強い眼差しがあってこそだったであろう。以降も少しずつ形を変えながら、平手が曲のイメージを先頭で形作っていることには変わりない。
 センターを変えていないことから、2点目の役割は少し弱いともいえるが、「センターメンバーは変わっていくもの」という文脈がある中で、デビューから一貫してセンターを平手友梨奈が務めていることは、逆説的なストーリーを形成しているともいえる。
 1点目の役割に関しては少々独特である。「センター・平手友梨奈」の認知度や存在感は申し分ないが、本人がトークなどを得意としていないことなどもあり、菅井友香や長濱ねるを中心に負担軽減がはかられているという形である。

 ひらがなけやきのセンターに関しては、単独アルバム発売以降、1点目の役割がある程度あらわれるようになってきたといえる。徐々に増えつつある音楽番組などへの出演の際、佐々木美玲加藤史帆がコメントを求められる場面をよく見るようになってきた。
 2点目の役割については、意図的に弱めているようにも思える。ひらがなけやきオリジナル曲に関しても、2017年全国ツアーでの漢字欅カバー曲に関しても、特段のアナウンスなくセンターが流動的に変わり続けている。過剰にストーリーを押し出すことなく、「静かにセンターが変わる」ことが強みをなしているということは、前稿「ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。」でも書いたとおりである。
 3点目の役割については、徐々に現れるようになってきたといえるように思う。漢字欅ほどの強烈さはないが、乃木坂46に近いバランスになっているのではないだろうか。個別の事例については、次段にて時系列順に振り返っていくことにしたい。

ひらがなけやき歴代センターを振り返る

 続いて、もうひとつの本題であるひらがなけやきのセンターの変遷について振り返ってみたい。

 ひらがなけやきにとっての「センター」は、少し曖昧な形で始まったといえるように思う。
 初期の「ひらがなけやき」「誰よりも高く跳べ!」では長濱ねると柿崎芽実のWセンターのような形であったが、長濱が前に出てくる場面もいくらかみられた。1期生による「ひらがなおもてなし会」で披露された「サイレントマジョリティー」と「世界には愛しかない」でも、長濱がセンターを務めた。
 しかし、こうしたパフォーマンス上でのポジション以外で「センター」として長濱が押し出されていたかと言われると、意外なほどそうではなかったという印象がある。他のメンバーと横並びで自己紹介もしていたし、「ひらがなおもてなし会」では「放送部」としてMCを引っ張ったものの、それ以後はその役割も佐々木久美に移っていた。
 また、Wセンターとして長濱と並ぶ場面もあった柿崎芽実も、それ以外で特段前に出てくる場面はなかったように思う(「ひらがなおもてなし会」での「世界には愛しかない」でポエトリーのパートがあったくらいだろうか)。筆者の肌感覚としては、SHOWROOM審査を通していくらか人気が先行していたメンバーだったようにも思われるが、そうしたメンバーが「推される」構造を極力つくらないようにしていたともとれ、そう思うと好感が持てる。
 続く「僕たちは付き合っている」「永遠の白線」は長濱が単独センターの形だったが、センターポジションをクローズアップするような場面はさらに少なく、特に「永遠の白線」では全員がそれぞれ自分のポーズをとるパフォーマンスが振り付けとして定着する。

 一方で、「僕たちは付き合っている」の時期に始まったひらがなけやきの全国ツアーでは、「世界には愛しかない」の影山優佳、「二人セゾン」の柿崎芽実井口眞緒、「制服と太陽」の加藤史帆、「語るなら未来を…」の齊藤京子など、特に漢字欅の曲をカバーする場面で、数々のメンバーがセンターポジションに立つことになった。
 筆者個人としては、この時期に多くのメンバーがセンターでのパフォーマンスを経験したことが、ひらがなけやき1期のメンバーを強くしたと考えている。

・転機、長濱ねるの兼任解除

 そして、やはり転機として挙げなければならないのは、長濱ねるの兼任解除だろう。強く押し出されてはいなかったとはいえ、センターに立ち続けてきた長濱の離脱は大きく、センターの変遷という意味でもこれがひとつの潮目となる。「それでも歩いてる」の齊藤京子は、ひらがなけやきの、ある意味では「初代センター」と言えるかもしれない。
 齊藤は、歌でもダンスでも初期からグループを引っ張ってきたメンバーである。「それでも歩いてる」でも、冒頭のソロパートの歌声が印象的に映る。そして2期生が合流した「NO WAR in the future」でも、センターが明確な曲ではないが、それに準じるポジションを得たと言っていい。20人となったひらがなけやきは、齊藤京子を先頭に坂を上り始めたのである。

 それに続いたのが、佐々木美玲だった。日本武道館公演で「イマニミテイロ」が初披露され、センターに立つ彼女の姿を見たとき、非常に感慨深い思いだったことを覚えている。ひらがなけやき加入前の話は措くとしても、佐々木美玲はパフォーマンスに優れたメンバーであるにもかかわらず、ポジションは2列目の端が多く、2017年の全国ツアーでもセンター曲を得ることはなかった。退場が最後になるためにライブの最後でお辞儀をする姿を見てきたことの印象も強い。そこからの、日本武道館でのセンターデビューである。
 結果として、その日本武道館公演で発表された単独アルバム「走り出す瞬間」では、リード曲の「期待していない自分」をはじめ、全員曲や1期生曲でもセンターポジションに立ち、ソロ曲「わずかな光」も得ることになった。単独での音楽番組出演も始まったこの時期にセンターとなったことは、彼女にとっても大きいことだっただろう。

・最新曲「ハッピーオーラ」、そして

 しかしそれでもセンターが固定されることはなく、最新曲「ハッピーオーラ」では加藤史帆がセンターを務めている。「ひらがな推し」では初めてフォーメーション発表もなされた。これでアルバムでソロ曲を得た3人が全員センターポジションを経験したことにもなり、この3人のパフォーマンスへの信頼感のようなものも透けて見える。
 長濱がグループを離れてから現在に至るまでのこの時期に、本稿前半で述べたセンター3点目の役割、「センター曲のイメージを形成する」ことが明確になってきたと筆者は考えている。
 渋い曲調の「それでも歩いてる」を特徴的な声で歌い上げた齊藤京子、「期待していない自分」のパフォーマンスを凜々しく走り抜けた佐々木美玲、グループのモットーの「ハッピーオーラ」を体現した満開の笑顔の加藤史帆、と並べてみると、3曲ともセンターの色がきちんと出ているように思うのだ。

 そしてもうひとり、2期生曲「半分の記憶」「未熟な怒り」「最前列へ」でセンターを務めている小坂菜緒のことも忘れてはならない。2期生による「おもてなし会」のミニライブでも全曲でセンターを務め、「2期生のセンター」としてここまでは定着してきたといえるだろう。「ハッピーオーラ」では渡邉美穂とともにセンターの脇を固めており、「ひらがなけやきのセンター」になっていくことも期待される。

 筆者個人の考えを述べるならば、これからもシングルごとくらいのスパンで、センターを変え続けていってほしいと思う。ひょっとすると単独シングルの発売も今後あるかもしれないし、そうなればセンターメンバーの重要性もより増してくるだろう。それでも特定のメンバーにこだわることなくセンターを変えて、いろいろな色をグループとして見せてほしいと思う。

ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(6)

・2期生「おもてなし会」、継承と発展

 2018年2月12日、ひらがなけやき2期生による「おもてなし会」が幕張メッセイベントホールで開催された。1期生による「ひらがなおもてなし会」が赤坂BLITZでのスタンディング形式であったことを考えると、1年半も経たないうちにこれだけ舞台が大きくなったのかと驚きを禁じ得なかったことを覚えている。
 しかし、舞台は大きくなっても「おもてなし会」の伝統はきちんと継承されていた。演目のめくり台、「部活」に分かれての個性豊かなパフォーマンス、そしてミニライブ。さらに人数規模から難しいだろうという予測もあった終演後のお見送りも実現しており、まさしく「おもてなし」であった。

 ひらがなけやきとしての曲数が増えてきたこともあってか、ミニライブはアンコール付きの全8曲と非常に豪華だった。2期生曲はまだないタイミングではあったが、「ひらがなけやき」「僕たちは付き合っている」「それでも歩いてる」「永遠の白線」「誰よりも高く跳べ!」と、発売済の1期生曲をすべてカバーして披露し、「NO WAR in the future」も9人バージョンで披露するという意欲的なセットリストであった。
 加えて日本武道館公演で披露された「おいでシャンプー」も再び披露されたが、一方で「君の名は希望」「制服のマネキン」は披露されなかった。少し中途半端にも思える選曲だが、最もひらがなけやきの雰囲気に近い曲を選んだのだろうか。もしかしたら日本武道館公演が予定通り1公演であれば、そこで披露されたのは「おいでシャンプー」だった、ということなのかもしれない。
 ちなみにアンコールで披露されたのは「W-KEYAKIZAKAの詩」だったが、2018年8月現在でこのときが最後のライブでの披露となっている。

・独立路線へ「走り出す瞬間」

 これ以降は、ここでは簡単に振り返っていくのみにとどめたい。
 「おもてなし会」を経て、2期生もひらがなけやきに本格合流という形となった。4月からは冠番組「ひらがな推し」がスタート、4月20日~5月6日には全員での舞台「あゆみ」が上演され、一気に漢字欅と並び立つような独立路線が強まっていく。
 そして6月から7月には東名阪での「走り出す瞬間」ツアーが開催、この期間中の6月20日に単独アルバム「走り出す瞬間」も発売され、単独での音楽番組出演も複数あった。ツアーのセットリストからは漢字欅の曲は完全に消え、遅ればせながらようやく独立したグループとしてライブを開催したような形となった。
 しかし、これまでの期間が彼女らにとってまわり道だったかと問われれば、決してそんなことはないと思う。「誰よりも高く跳べ!」をはじめとする少ない持ち曲を1年以上をかけて育てながら、パフォーマンスを磨いてきたのである。
 本稿執筆現在、「坂道合同新規メンバーオーディション」の最終選考が終了し、配属グループの発表を待つという段階にある。グループへの合流までにはもう少し時間があるだろうが、さらに人数が増え、パワーアップしたあかつきには、単独シングルの発売も期待される。走り出したばかりのひらがなけやきのこれからを、引き続き応援していきたいところだ。

・「ひらがな」というアイデンティティ

 ひらがなけやきとは何か。何がどうひらがななのか。ひらがなだから何なのか。
 漢字欅とどう違うのかという答えは明確になってきたが、「なぜ“ひらがなけやき”でなければならなかったのか」という問いには、いつまでも答えが出ない。
 しかし「ひらがなであること」は、彼女らのひとつのよりどころとなっている。
 ここまで振り返ってきた単独公演はどれも、「ひらがなけやき」「ひらがなで恋したい」で1曲目が始められている。唯一の例外であるのが1期生の「ひらがなおもてなし会」のミニライブで(1曲目は「サイレントマジョリティー」)、彼女らは初ワンマンであるZepp Tokyo公演以降、とにかく「ひらがな」を全面に押し出してライブを重ねてきたのである。

 確かなのは、ひらがなけやきのメンバーたちがそこにいることであり、彼女らが「ひらがなであること」にもはや一片の疑いも持っていないことだ。円陣の最後や、多くの振り付けにも使用されている「ひらがなポーズ」も、その象徴である。
 「ひらがなけやき」というよくわからない何ものかを、自らのアイデンティティとしている。その内実にあるのは、彼女らの努力にほかならないのではないだろうか。

ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(5)

日本武道館公演、新たなステージへ

 2018年に入り、ひらがなけやきはさらに大きな舞台に立つことになった。
 日本武道館公演。しかも平手友梨奈のけがにより漢字欅の公演がひらがなけやきに振り替えられ、当初1日の予定が3DAYS(1月30日~2月1日)になるという予期せぬ事態に見舞われるなかであった。
 しかしひらがなけやきは、公演当日まで3週間を切ったところでの振り替えであったにもかかわらず平日の3DAYSを完売させ、その勢いを改めて示してみせた。

 公演のセットリストとしては幕張でのツアーファイナルと似通っていた。定番の「ひらがなけやき」でスタートし、数曲を挟んでユニット曲や2期生のコーナーがあり、「永遠の白線」「手を繋いで帰ろうか」「誰よりも高く跳べ!」で会場を盛り上げ、「太陽は見上げる人を選ばない」で締める。
 しかし、舞台や演出の世界観がサーカスをイメージしたものに作り込まれたことで、まったく違う印象を与えていた。そして幕張では出演できなかった柿崎芽実も復帰し、全員が揃っての公演であったことで、よりパワーが増した印象もあった。
 また一点、特筆すべき点として「100年待てば」がセットリストに加えられたことが挙げられる。本来は長濱ねるのソロ曲であるが、1期生11人によるカバーという形での披露であった。
 町の様子を模したコミカルなステージ演出に加えて客席には風船が降り注ぎ、まさに「ハッピーオーラ」を体現したような時間であった。長濱との紐帯を感じさせる選曲であったことも含め、まさに「ひらがならしさ」にあふれたパフォーマンスであったといえるだろう。

・2期生コーナー、まさかの「大技」

 そしてもう一点、特筆すべき点があるとすれば、それはもちろん2期生コーナーであろう。幕張での各メンバーによる自己紹介のかわりにダンストラックが加えられ、さらに日替わりで乃木坂46のカバー曲を披露した。初日は河田陽菜をセンターに据えた「おいでシャンプー」、2日目は小坂菜緒をセンターに据えた「君の名は希望」、3日目は渡邉美穂をセンターに据えた「制服のマネキン」であった。
 このことについては筆者は以前、ちょうど卒業を発表した乃木坂46生駒里奈へのはなむけだったのではないかと書いた(→『「制服のマネキン」、「再構築」に思う』)が、もうひとつ重要な意味があったのではないかとも思っている。  それは、ここで2期生が披露する曲として乃木坂46のナンバーを選択したということは、「漢字欅の曲が選択されなかった」ことでもある、という点である。

 この公演はタイミングとしては5thシングル期であり、「半分の記憶」などの2期生曲がリリースされる前であった。1期生中心のセットリストとの重複を避けながら2期生にもパフォーマンスの機会を与えようとするとなかなか難しい。筆者はここで「サイレントマジョリティー」を最後の切り札的に使うのではないかと予想していたが、その予想は斜め上に裏切られた。確かに、持ち曲がないこのタイミングだからこそできる「大技」ともいえる選曲であり、乃木坂46のファンでもある筆者は心の底から楽しませてもらった。
 また、結果としてこれまで、2期生は漢字欅の曲をパフォーマンスしたことがない(2期生おもてなし会「音楽部」で披露された「チューニング」を除く)。このことは、この公演3日目のアンコールで発表された通り、単独アルバムの発売で一気に独立路線をとっていくことになるひらがなけやきにとって、何らかの意味があったことであるように思えてならない。

・集大成としてみる日本武道館公演

 これまでに挙げてきた点からみていくと、この日本武道館公演はこれまで述べてきたひらがなけやきの強みがすべて現れていた、集大成ともいえる公演であったのではないかと考えられる。
 「ひらがならしさ」を追求したハッピーオーラにあふれた公演だったことはもちろんだが、「100年待てば」ではメンバー喪失の経験を、2期生コーナーではメンバー増員の経験を確実にプラスに変えていた。また、アンコールで初披露された1期生11人による「イマニミテイロ」では、特段の言及なく佐々木美玲がセンターを務めており、静かにセンターを変えながら新たな表現を追求できる強みもよく現れていたと言えるように思う。

 Zepp Tokyo公演に始まり日本武道館公演まで、ワンマン公演のセットリストはすべて、「漢字欅の曲をカバーする」「既発のひらがな曲はすべて披露する」という形でつくられていた。
 特に漢字欅の曲をカバーするという点は、単独アルバムの発売によって一区切りということになる。この日本武道館公演はそうした意味でもひとつの集大成、第一章の終わり、という意味をもっていたのではないだろうか。

ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(4)

・メンバー増員の経験

 前回の記事では、早い段階でメンバーの喪失を経験したことがグループの強みとなった、ということを書いた。今回は、早い段階でメンバーの増員を経験したことが、これもまたグループの強みとなった、ということを書いていきたいと思う。

 ひらがなけやきは、坂道シリーズの他の事例と比べ、かなりハイペースで新規メンバーの追加を経験してきたグループである。「坂道合同新規メンバーオーディション」で漢字欅が2期生を、ひらがなけやきが3期生を迎えることになるというのは非常にわかりやすい例である。他の例をみても、ひらがなけやきの1期生と2期生の発表の間は約1年3ヶ月、2期生と3期生の発表の間がおそらく約1年となるのに対し、坂道シリーズで最も短い他の事例である乃木坂46の結成から2期生の発表までに約1年9ヶ月を要している。乃木坂3期生と漢字欅2期生がともに3年ぶりの募集であったことなども考えれば、ひらがなけやきの募集はやはりハイペースだと評価することができるだろう。
 むろん、こうしたハイペースな募集の背景には、1期生が当初12人と少なかったことや、「坂道合同新規メンバーオーディション」との兼ね合いもあるだろうから、単純に比較して相対的な評価を下すことはできない。しかし、全国ツアーで勢いをつけている中での2期生の加入・合流(2017年8月15日に発表)によって、ひらがなけやきがさらに勢いを増したことは疑いない。

・幕張FINAL、ツアー最後の試練

 さて、全国ツアー地方公演の最後となった福岡サンパレスホール公演(11月6日)も無事に成功させ、「全国ツアーFINAL!」と題された幕張メッセイベントホールでの2DAYS(12月12・13日)。ツアーの集大成となる公演を大きい会場で見られることが楽しみだったし、タイミング的にも2期生の登場も期待されるところであった。また筆者個人としては、まさかのアリーナ最前列中央の座席を引き当てており、とにかく楽しみで仕方なかったことをよく覚えている。
 柿崎芽実の骨折が報じられたのはそんな矢先、公演初日の朝のことだった。
 ローラースケート演出のリハーサル中の骨折。幕張公演への出演は見送り、ローラースケート演出も当然中止。最終公演に事故でメンバーが欠けてしまう。これ以上ないほどの悲劇的なニュースだった。

 しかし、残された時間がほぼないなかで、メンバーは見事に柿崎の不在をカバーしてみせる。1曲目の「ひらがなけやき」、1列になって登場するメンバーの先頭は高瀬愛奈だった(長濱と柿崎が両方欠けて繰り上がった形)。「世界には愛しかない」でのポエトリーリーディング、おもてなし会から一貫して柿崎が務め続けてきた今泉パートを、初めて加藤史帆が務めた。アンコールの「二人セゾン」では、井口眞緒が曲全体を通してセンターを務めた。全体をみてもローラースケート演出の不在を感じさせるところはなく、ツアーファイナルにふさわしい、完成度の高い公演となっていたように思う。

・新風、2期生初ステージ

 そして、その完成度の高い公演に新鮮味を吹き込んだのが、ライブ中盤での2期生の登場であった。
 大きな声で元気よく登場した金村美玖を皮切りに、9人がそれぞれ個性を活かした自己紹介を行う。なかでも富田鈴花がラップに乗せて自己紹介をし、「Say パリピ!」とコール&レスポンスをしたシーンは、同じように自己紹介をしてきた漢字欅ひらがなけやき1期生をすべてあわせても最も盛り上がったシーンだったといえるのではないだろうか。
 続いて今回のライブで初披露された、2期生も交えた「NO WAR in the future」。これまでのひらがなけやきにはなかった人数で行われたパフォーマンスで、大きなステージとあいまって非常に迫力を感じたことをよく覚えている。

 その後のMCは、すっかり定着した佐々木久美の回しでバランスよく1期生と2期生がかけ合い、グループとしての一体感を早くも感じさせるものとなっていた。
 早い段階で加入した2期生を一体感をもって迎えることができたのは、単独の全国ツアーで積み重ねてきた場数、佐々木久美のリーダーシップ、1期生にとっても当初は先輩であった長濱ねるの存在など、ひらがなけやき固有の強みによるところが大きかったのではないだろうか。
 そしてこの強みは、この夏に3期生を迎えるにあたっても、存分に活きてくるだろう。新メンバーを迎えてのさらなるパワーアップに期待したいところだ。

ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(3)

・またしても訪れる転機

 Zepp Namba公演のあとに迎えた夏。ひらがなけやきは、2017年7月6日のZepp Nagoya公演を成功させ、7月22・23日の「欅共和国2017」、8月の全国ツアー「真っ白なものは汚したくなる」にも漢字欅と合同で参加し、さらにライブパフォーマンスを向上させていた。
 この間、7月19日に発売されたアルバム「真っ白なものは汚したくなる」には「永遠の白線」「沈黙した恋人よ」「猫の名前」「100年待てば」と、ひらがなメンバーが歌唱する楽曲も収録され、8月15日には追加メンバー9名の発表があり、8月29日の全国ツアー幕張公演ではひらがなけやき初主演の連続ドラマ「Re:Mind」の制作が発表されるなど、さらにひらがなけやきに勢いを与える好材料が続いた。

 そんななか、9月24日深夜放送の「欅って、書けない?」で発表されたのが、長濱ねるの兼任を解除し、漢字欅の専任とすることだった。
 ファンの間でも、かなり唐突に感じる発表だったと記憶している。しかし一方で、長濱のライブでの参加曲数などを見ても、「いつか専任になるのかもしれない」という予期があったことも事実である。
 もしかしたら、予兆もあったのかもしれない。Zepp Nagoya公演のセットリストに「乗り遅れたバス」が入っていたことは、少し不思議でもあった。近年はあまり披露されることのない(2018年8月現在、このときが最後となっている)、長濱が漢字欅に「乗り遅れた」ことを象徴した曲。いまとなっては、正しい文脈のなかで披露する最後の機会だったようにも思える。

 一方で心配されたのは、Zepp Sapporo公演(9月26日)のことだった。
 メンバーは当然もっと早く知らされてはいただろうが、兼任解除の発表から実質翌日の公演である。筆者もいくぶん動揺しながら、ライブビューイングに足を運んだことを覚えている。
 しかし、初ワンマンライブから半年という早すぎるタイミングで直面した、このメンバー喪失の経験が、ひらがなけやきをよりいっそう強くすることになる。

Zepp Sapporo公演、佐々木久美の胸中

 「私たちは別の道を歩き始めました。」
 Zepp Sapporo公演当日。もう恒例となった、佐々木久美が引っ張るMC。ライブ序盤においては長濱について触れるのは最小限にとどめ、ファンを後悔させるようなライブはしない、と強いメッセージを送った。
 漢字欅と合同の全国ツアー「真っ白なものは汚したくなる」を挟んで迎えたこの日のセットリストには、アルバムでの新規曲「猫の名前」「沈黙した恋人よ」「永遠の白線」「太陽は見上げる人を選ばない」がすべて組み込まれるなど、さらに意欲的なセットリストとなった。

 そしてアンコール。「この場を借りて話したいことがある」と、佐々木久美がもう一度口を開く。
 全国ツアーを12人で完走するものだと思っており、メンバーも戸惑ったということ。長濱ねるを含めた12人で話す機会があり、長濱から「グループは一緒だし、永遠のお別れなわけじゃない」と言われたこと。時折少しだけ言葉を詰まらせながら、率直に思いの丈を口にした。そして、ひらがなけやき12人でやってきたことを糧に、新メンバー9人を加えた20人で成長していきたい、と前向きな言葉で締めくくった。
 メンバー全員を代表してファンに力強いメッセージを送る佐々木久美のキャプテンシーは、この頃から徐々に形づくられてきたものかもしれない。キャプテン就任の発表はこの8ヶ月以上後のことになるが、すでに佐々木久美はキャプテンとしての役割を果たしていたのである。

 少し余計なことも書いておきたい。この日のオープニングで披露されたマーチングドラムのパフォーマンスにおいて、佐々木久美はドラムのベルトが外れてしまうトラブルに見舞われ、途中までしかステージに立つことができなかった(アルバム「走り出す瞬間」特典映像ではカットされているが、パフォーマンス開始時には11人だったメンバーが終了時には10人しかいないことが確認できるはずだ)。ライブ中盤のMCではこのことに対する言及もあり、悔しさから涙を見せる場面もあった。
 しかしその後のパフォーマンスに影響はまったく見せず、そんな状況のなかで迎えたのが前述のアンコールであった。佐々木久美の強さと成長を存分に垣間見た思いだったことをよく覚えている。

・いち早くメンバーの喪失を経験して

 早すぎるタイミングでメンバーの喪失を経験したことが、グループの強さにつながった、と前述した。それが端的に現れているのが、「永遠の白線」のパフォーマンスである。
 この曲の最後では、メンバー12人がそれぞれひとりずつ自分のポーズをとる振り付けがあり、長濱ねるは手のひらを顔の横で合わせて「寝る」ポーズをとっていた。兼任解除によってこの部分が欠番になってしまうところを、Zepp Sapporo公演以降は一貫して、残るメンバーが全員で長濱のポーズをとる形の振り付けに変更している。
 同じことは、学業のため現在休業中である影山優佳についても行われている。「永遠の白線」では残るメンバー10人が、「NO WAR in the future」ではペアのポジションである渡邉美穂が、影山のボールを蹴るポーズを振り付けに取り入れている。

 大人数のグループである以上、何らかの要因で外れてしまうメンバーは遅かれ早かれ必ず現れる。それを戦力ダウンにつなげないためには、ポジションをカバーするだけではなく、可能な限りポジティブに受け入れ、それを示すことで「なかったことにしない」ことも重要なのではないだろうか。このことを早い段階から理想的な形で達成してきたのが、ひらがなけやきなのである。
 最初に欠けたメンバーが、ひとりで「ひらがなけやき」を始めた長濱ねるだったことも大きかったかもしれない。また、卒業や引退といった形ではなく、欅坂46という大きなくくりの中には残る兼任解除という形だったことも、いくぶんポジティブに受け入れやすいという点で大きかっただろう。

 早い段階で、「メンバーが欠けても、そのメンバーと歩んできた歴史がなくなるわけではない」ことを感覚的に理解し、それをパフォーマンスの中で示せる明るさを手に入れたこと。これがあれば、グループに感じる「勢い」は簡単には削がれないだろう。これもまたひらがなけやきの強みであるし、長濱ねるが残した財産でもあると思うのだ。