坂道雑文帳

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ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(3)

・またしても訪れる転機

 Zepp Namba公演のあとに迎えた夏。ひらがなけやきは、2017年7月6日のZepp Nagoya公演を成功させ、7月22・23日の「欅共和国2017」、8月の全国ツアー「真っ白なものは汚したくなる」にも漢字欅と合同で参加し、さらにライブパフォーマンスを向上させていた。
 この間、7月19日に発売されたアルバム「真っ白なものは汚したくなる」には「永遠の白線」「沈黙した恋人よ」「猫の名前」「100年待てば」と、ひらがなメンバーが歌唱する楽曲も収録され、8月15日には追加メンバー9名の発表があり、8月29日の全国ツアー幕張公演ではひらがなけやき初主演の連続ドラマ「Re:Mind」の制作が発表されるなど、さらにひらがなけやきに勢いを与える好材料が続いた。

 そんななか、9月24日深夜放送の「欅って、書けない?」で発表されたのが、長濱ねるの兼任を解除し、漢字欅の専任とすることだった。
 ファンの間でも、かなり唐突に感じる発表だったと記憶している。しかし一方で、長濱のライブでの参加曲数などを見ても、「いつか専任になるのかもしれない」という予期があったことも事実である。
 もしかしたら、予兆もあったのかもしれない。Zepp Nagoya公演のセットリストに「乗り遅れたバス」が入っていたことは、少し不思議でもあった。近年はあまり披露されることのない(2018年8月現在、このときが最後となっている)、長濱が漢字欅に「乗り遅れた」ことを象徴した曲。いまとなっては、正しい文脈のなかで披露する最後の機会だったようにも思える。

 一方で心配されたのは、Zepp Sapporo公演(9月26日)のことだった。
 メンバーは当然もっと早く知らされてはいただろうが、兼任解除の発表から実質翌日の公演である。筆者もいくぶん動揺しながら、ライブビューイングに足を運んだことを覚えている。
 しかし、初ワンマンライブから半年という早すぎるタイミングで直面した、このメンバー喪失の経験が、ひらがなけやきをよりいっそう強くすることになる。

Zepp Sapporo公演、佐々木久美の胸中

 「私たちは別の道を歩き始めました。」
 Zepp Sapporo公演当日。もう恒例となった、佐々木久美が引っ張るMC。ライブ序盤においては長濱について触れるのは最小限にとどめ、ファンを後悔させるようなライブはしない、と強いメッセージを送った。
 漢字欅と合同の全国ツアー「真っ白なものは汚したくなる」を挟んで迎えたこの日のセットリストには、アルバムでの新規曲「猫の名前」「沈黙した恋人よ」「永遠の白線」「太陽は見上げる人を選ばない」がすべて組み込まれるなど、さらに意欲的なセットリストとなった。

 そしてアンコール。「この場を借りて話したいことがある」と、佐々木久美がもう一度口を開く。
 全国ツアーを12人で完走するものだと思っており、メンバーも戸惑ったということ。長濱ねるを含めた12人で話す機会があり、長濱から「グループは一緒だし、永遠のお別れなわけじゃない」と言われたこと。時折少しだけ言葉を詰まらせながら、率直に思いの丈を口にした。そして、ひらがなけやき12人でやってきたことを糧に、新メンバー9人を加えた20人で成長していきたい、と前向きな言葉で締めくくった。
 メンバー全員を代表してファンに力強いメッセージを送る佐々木久美のキャプテンシーは、この頃から徐々に形づくられてきたものかもしれない。キャプテン就任の発表はこの8ヶ月以上後のことになるが、すでに佐々木久美はキャプテンとしての役割を果たしていたのである。

 少し余計なことも書いておきたい。この日のオープニングで披露されたマーチングドラムのパフォーマンスにおいて、佐々木久美はドラムのベルトが外れてしまうトラブルに見舞われ、途中までしかステージに立つことができなかった(アルバム「走り出す瞬間」特典映像ではカットされているが、パフォーマンス開始時には11人だったメンバーが終了時には10人しかいないことが確認できるはずだ)。ライブ中盤のMCではこのことに対する言及もあり、悔しさから涙を見せる場面もあった。
 しかしその後のパフォーマンスに影響はまったく見せず、そんな状況のなかで迎えたのが前述のアンコールであった。佐々木久美の強さと成長を存分に垣間見た思いだったことをよく覚えている。

・いち早くメンバーの喪失を経験して

 早すぎるタイミングでメンバーの喪失を経験したことが、グループの強さにつながった、と前述した。それが端的に現れているのが、「永遠の白線」のパフォーマンスである。
 この曲の最後では、メンバー12人がそれぞれひとりずつ自分のポーズをとる振り付けがあり、長濱ねるは手のひらを顔の横で合わせて「寝る」ポーズをとっていた。兼任解除によってこの部分が欠番になってしまうところを、Zepp Sapporo公演以降は一貫して、残るメンバーが全員で長濱のポーズをとる形の振り付けに変更している。
 同じことは、学業のため現在休業中である影山優佳についても行われている。「永遠の白線」では残るメンバー10人が、「NO WAR in the future」ではペアのポジションである渡邉美穂が、影山のボールを蹴るポーズを振り付けに取り入れている。

 大人数のグループである以上、何らかの要因で外れてしまうメンバーは遅かれ早かれ必ず現れる。それを戦力ダウンにつなげないためには、ポジションをカバーするだけではなく、可能な限りポジティブに受け入れ、それを示すことで「なかったことにしない」ことも重要なのではないだろうか。このことを早い段階から理想的な形で達成してきたのが、ひらがなけやきなのである。
 最初に欠けたメンバーが、ひとりで「ひらがなけやき」を始めた長濱ねるだったことも大きかったかもしれない。また、卒業や引退といった形ではなく、欅坂46という大きなくくりの中には残る兼任解除という形だったことも、いくぶんポジティブに受け入れやすいという点で大きかっただろう。

 早い段階で、「メンバーが欠けても、そのメンバーと歩んできた歴史がなくなるわけではない」ことを感覚的に理解し、それをパフォーマンスの中で示せる明るさを手に入れたこと。これがあれば、グループに感じる「勢い」は簡単には削がれないだろう。これもまたひらがなけやきの強みであるし、長濱ねるが残した財産でもあると思うのだ。